電脳千句第7 賦何水百韻 初折表 2016.10.24~
秋風や雲うち払ひ山尖る 楽歳
つるぎを照らす月はありあけ 羽衣
文机にすすきひともと置かれゐて 路花
近づく冬の足音をきく 夢梯
ゆるらかに磯わたりゆく田鶴のこゑ 蘭舎
水棹のしづく散らす潮々 千草
つぶれ石並べて遊ぶ子らの居り 遊香
明けて涼しきるり色の空 梢風
<進行表はこちら>
2016-10-24 22:03
コメント(27)
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秋風や雲うち払ひ山尖る 楽歳
つるぎを照らす月はありあけ 羽衣
文机にすすきひともと置かれゐて 路花
近づく冬の足音をきく 夢梯
ゆるらかに磯わたりゆく田鶴のこゑ 蘭舎
水棹のしづく散らす潮々 千草
つぶれ石並べて遊ぶ子らの居り 遊香
明けて涼しきるり色の空 梢風
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●賦何風百韻発句
秋風や雲うち払ひ山尖る
山尖る浮世離れて暮れの秋
しぐるるか冬へといそぐ秋の峰
*
秋風や雲うち払ひ山尖る
秋 秋風は2句物(秋風で1、秋の風で1) 風は吹物 雲は聳物 山類体
山尖る浮世離れた暮れの秋
秋 山類体 世は5句物(只1、浮世・世の中の間に1、恋の世1、前世1、後世1)
しぐるるか冬へといそぐ秋の峰
秋 しぐれは降物・2句物(秋冬各1) 峰は山類体
そろそろスタートしましょう。発句が出ませんでしたので、楽歳が自腹を切ります。2016年は10月31日が旧暦9月末日で、季節月決め制の連歌・俳諧では、それまで秋。発句はぎりぎりで秋すべりこみです。その後の付け順は、エントリーの順に従って、
羽衣→路花→夢梯→蘭舎→千草→遊香→梢風→朝姫
何らかの事情でエントリーが出遅れた方は、一巡が終る頃まで連絡をお待ちしています。
発句3案、何れの句も「秋」を使っていますので、賦何風百韻となります。「何」の字に「秋」が当てはまります。
by 連歌楽歳 (2016-10-24 22:06)
宗匠さま 皆さま
夜更かししておりましたら 宗匠さまの発句 出ましたとの御事
芽出度くも 有り難く存じます。
此処は 四の五の言わず エントリー順との思し召し有り難く頂戴
致し 脇 初心者として 生き恥さらす覚悟にて 何卒よろしく
お導き頂きますようお願い申し上げます。
丁度その時分 テレビで 立山三山を流しておりましたので
ブログの写真といい 宗匠さまの御発句といい ひょっとして?
と存じましたが 如何でしょうか?(山の事は全く無知にて)
パソコンのご機嫌のよいうちに 取敢えず 拙句 思いつくまま
下手な鉄砲 失礼申し上げます。
秋風や雲うち払ひ山尖る 楽歳宗匠
付け
よろづのうたを誘ふ(招く)月の戸(門 と)(誘ふ十六夜 etc. )
つるぎ(剣)に映す月ぞ残れる
鄙にも月の光あまねし
まばゆき(ををしき)日入りきよらなる月
月の鏡のなにうつすらん
いさよふ月をいざなへる笛
やれ(破れ)鐘つけば出でし弓張(ゆみはり)
月とばかり思い込みましたが(いつものおっちょこちょい!)
お差し戻し ご一直 なにとぞよろしくお願い申し上げます。
by 羽衣 (2016-10-25 03:02)
●1折表1治定
秋風や雲うち払ひ山尖る 楽歳
●1折表2付け
よろづのうたを誘ふ(招く)月の戸(門 と)(誘ふ十六夜 etc. )
秋 月 光物 夜分 居所体。「僧は推す(敲く)月下の門」や「此木戸や錠のさされて冬の月」をふまえる。スタイルとしては「よろづのうたを誘ふ月の戸」が個人的に好みですが、最終判断は付け句の作者にゆだねます。
つるぎ(剣)に映す月ぞ残れる
秋 月 光物 夜分 前句を受けて「つるぎ」は山類。あるいは、「忠治、一刀を抜いて溜池の水に洗い、刃を月光にかざし――加賀の国の住人小松五郎義兼が鍛えし業物、万年溜の雪水に浄めて、俺にゃあ、生涯てめえという強い味方があったのだ」。新国劇の舞台が本説の脇の句になります、とは冗談。
鄙にも月の光あまねし
秋 月 光物 夜分 鄙は国郡
まばゆき(ををしき)日入りきよらなる月
秋 月 光物 夜分 「日入り(時を移さず)月出る」となれば、夜分か時分(夕)か、判別に苦しみます。「日入り(てのち)月出る」と解して、夜分としました。「ををしき」の対は「めめしき」、「まばゆき」も「きよらなる」も古典では最上級の美の形容なので、「まばゆき日入りきよらなる月」が穏当かと存じます。
月の鏡のなにうつすらん
秋 月 光物 夜分 <参考>「鏡」は『連歌新式』には言及がありませんが、のちに一句物に指定(『産衣』)
いさよふ月をいざなへる笛
秋 月 光物 夜分 「いざよふ」と濁点をつけておきます。民話に出てきそうなシーン。
やれ(破れ)鐘つけば出でし弓張(ゆみはり)
秋 月 光物 夜分 鐘は4句物(只1、入相1、釈教1、異名1)「破れ鐘」は「われがね」=割れ鐘。「やれがね」は新趣向か。「弓張」は格調にこだわる連歌では「弓張月」。岩波古語辞典に「照る月を弓張としも言ふことは山辺をさして入れ(射れば)ばなりけり」(大和物語)
*
この巻を「賦何風百韻」としましたが、「秋風」が発句に治定されましたので、だぶり感が生じました。「何水百韻(秋水)」と変更します。
by 連歌楽歳 (2016-10-25 13:27)
追伸
先ほど、如月さまからエントリーのメールが届きました。
また、冒頭の写真について羽衣さまからお尋ねがありました。地上がまだ夏の続きだった9月、乗鞍岳の頂上付近からの眺めでした。
by 連歌楽歳 (2016-10-25 13:39)
宗匠さま
早速のご教示 有り難うございました。
御発句 秋(飽き)風に尖る山 で連歌の新たなご境地への門出を
予感させて頂き 誠に感じ入りました。
連歌にも こんなにスケールの大きな発句が可能なのですね!
そのような意味合いから 拙句より つるぎ句 鄙句 破れ鐘句
取り下げさせて頂きたく 何卒よろしくお願い申し上げます。
いつもながらの不束者にてご寛容の程~
これからの長い?旅路(当方にも皆さまにも暮はやき頃)
お導きの杖をひたすらたよりに参りたく存じます。
誠に有り難うございました。
皆さま
少しずつ秋の深まる気配 お風邪など召されませぬよう
お身体お大切に遊ばされますよう!
路花さま
お世話になります。
何卒よろしくお願い申し上げます。
by 羽衣 (2016-10-25 15:27)
羽衣さま
「つるぎ句」「鄙句」「破れ鐘句」お取下げの件ですが、もったいない。なかでも「つるぎ」は、尖る山を剣岳とさだめ、「群雲の月」、月光に映える高峰と、脇の句の教科書のような安定感のある句に感じられます。国定忠治の冗談はなかったことにして、せめてこの句は残していただきたいものです。
by 連歌楽歳 (2016-10-25 18:46)
宗匠さま
過分なるお言葉 恐縮に存じます。
尖る山 に 剣岳をイメージする つるぎ句 は 付きすぎ(尖りすぎ?)
と反省致した次第でございましたが 先づはよろしかったのですね!
そのあたりの微妙なところ 宗匠さまのご裁断にお任せ申し上げたく
活かすもころすも宜しくお願い申し上げます。
誠にご教示賜り 有り難うございました。
by 羽衣 (2016-10-26 14:58)
●脇句修正復活
発句 秋風や雲うち払ひ山尖る
脇句 つるぎ(剣)に映す月ぞ残れる
両句そろって「る」で終わっていることに違和感を懐かれる方もあることでしょう。
脇句は係助詞「ぞ」を受けて「残れる」と連体止めになっています。「ほととぎす鳴きつる方を眺むればただ有明の月ぞ残れる」の「ぞ」ですね。そこで「ぞ」をやめて、「月は」とすれば、「月は残れり」と『方丈記』冒頭の「露落ちて、花残れり」と同じ連用中止法が使えます。
秋風や雲うち払ひ山尖る
つるぎ(剣)に映す月は残れり
また、連歌では脇句は体言止めが多数派なので、「月ぞ残れる」→「残月」→「有明月」ということから、「剣に映す月はありあけ」とすれば、マンネリですが落ちついた付句になるでしょう。「ありあけの月」を「月はありあけ」「月のありあけ」と倒置し、語調に変化を加える手法は、連歌ではしばしば用いられました。
秋風や雲うち払ひ山尖る
つるぎ(剣)に映す月はありあけ
こうなると「つるぎに映す」より「つるぎを照らす」の方がわかりやすいですね。「脇句は発句を請けて軽々とすべし。心など立入りたる事はなし……風情など求めてはせぬ事なり。脇句の名句などは、いたく無事也」(二条良基『九州問答』)というのが大方の常識です。
ただし、これには異論もあって、宗砌は『初心求詠集』に、脇句に名句無しと聞いているが、最近では「紅葉に露をのこす松かぜ」「夕だちくれし松のしら露」などが名脇句として話題になった、と書いています。どうやら脇句には「軽々」とした句、「際立」った句の、2つのやり方があるようです。
最後に、「月は残れり」と連用終止すると、どことなく気分が次の第3句に持ち越されるような感じもありますね。発句と脇で気分を完結させ、第3から新しい展開という考え方に立てば、
秋風や雲うち払ひ山尖る
つるぎ(剣)を照らす月はありあけ
が、穏当なところと思いますが、さて、羽衣さま、いかがでしょうか?
by 連歌楽歳 (2016-10-26 20:18)
宗匠さま
つるぎ句活かして頂き また脇句の在り様など ご丁寧にお導き頂き
誠に有り難く 恐縮に存じます。
貴重なお時間とご教示を賜りまして心よりの御礼を申し上げます。
本日は近頃には珍しい 晴れやかな秋空!
今年は十月三十一日までが 秋季なることお教え頂きましたので
まさに 電脳千句第七 の首途を言祝いで居りますようです。
路花さま 皆さま
お待たせ申し上げました。
尖る山! きっと険しき山路?とは存じますが
高みを目指し頑張りましょう!(頑張るのは苦手ですが~とりあえず~)
何卒よろしくお願い申し上げます。
by 羽衣 (2016-10-27 11:41)
宗匠さま 皆さま
素敵な発句が出て、すぐに羽衣さまの脇句も出ましたのに、私には第三なんてできない…と困り果て、順番を変えていただきたいというお願いのメールを書こうと思ったり、お二人のメールがとても興味深く、いろいろ学ばせていただき、折角の機会、厚かましく第三に挑戦しようと思ったり、迷いながら時を過ごしてしまったこと、お許しくださいませ。
何とか第三を出させていただきます。素晴らしい流れを損なうようでしたら、どうぞお直しくださいますよう、お願いいたします。
宗匠様のお言葉の前から、羽衣さまの つるぎの句に惹かれておりましたので、そちらを取らせていただきます。
つるぎを照らす月はありあけ
武士(もののふ)の鈴虫のなく野に出でて
文机にすすき一枝置かれゐて
むべ一つ友はあまたの歌に詠み
むべの色しっかと糸に染めをきて
宗匠さま、羽衣さまで始まった新しい巻を傷つけそうな拙句 申し訳ございません。
by 路花 (2016-10-30 13:55)
武士(もののふ)の鈴虫のなく野に出でて
秋 鈴虫(虫類、鈴虫は一座1句物) 人倫 野は地儀
文机にすすき一枝置かれゐて
秋 すすき(草類 薄の類は3句物、薄1、尾花1、末黒・穂屋など1) 数字。
事典によると、ススキの場合、「枝」とは茎(イネ科の植物で中が空洞なので稈ともいいます)の先端からいくつにも分れて、ススキの穂になる部分を枝といいます。茎から穂までの全体を数える時は「ひともと(一本)」と呼び、古典連歌に使用例があります。また、一本だけで生えているススキを「ひともとすすき」といいます。というわけで、「一本」を「ひともと」に変えましょう。
むべ一つ友はあまたの歌に詠み
秋 むべは草類、アケビに似たつる草の実、俳句・連句で秋。人倫 数字
むべの色しっかと糸に染めをきて
秋 草類 むべの実は熟すと暗紫色と辞書にあり。「しっか」の促音「っ」の小書きは、戦後、政府が現代仮名遣いとして標準化させました。俳諧、連歌などで歴史的仮名遣いを用いる場合は「つ」と書く習いで、「しつか」となります。
*
句のつくりについての、講釈のあれこれは、治定句と付け句をお考えになった路花さまにとっては、かえって気の散る雑音だったかもしれませんね。ご容赦を。
by 連歌楽歳 (2016-10-30 21:19)
訂正
先に「むべ」を草類としましたが、これは誤り。正しくはアケビ科のツル性常緑低木でした。
藤は植物分類では木類、連歌の分類では草類。むべ・あけびについては古典連歌では使用例がなく、現代の植物分類に従っておきます。
by 連歌楽歳 (2016-10-31 11:42)
宗匠さま 路花さま
お世話になりました。
少々 電脳から遠きところに居りまして 御礼遅くなり
失礼申し上げました。
尊くも気高き ベストチョイスを賜り何よりの幸せと有り難く存じます。
第三の展開も大変素晴しく これからが楽しみです。
御句のひとつ むべ なる 植物 興味深く学ばせて頂きました。
染料になるのですね!
~むべ山風をあらしといふらん~
とは むべ 違いでしたか?
木枯らし一号吹くからに 冬に入りました様で
皆さまもお風邪など召されませぬよう
お身体お大切にお過ごしください。
(パソコンの調子わろく またまた深夜になってしまいました。
失礼の段 何卒ご寛容頂きますよう~)
誠にいつもながら有り難うございました。
by 羽衣 (2016-11-05 02:28)
夢梯さまから以下の治定と付け句を郵便でいただきました。
*
朝夕急にお寒くなりました。取急ぎ付句をお送りします。
路花さまの
文机にすすきひともと置かれゐて
を頂き、
一折表4
うつろふ時をたゞ眺めをり 夢梯
近づく冬の足音をきく
時雨るゝ音の夢か現か
今は昔の文とりてみる
ほき路辿れば昔思ほゆ
足あと辿る小径ゆかしも
しろじろの朝四方美はしき
数のみ並べましたどうぞよろしくお願いいたします。
路花様の四句目、
「むべの色しつかと糸に染めをきて」は、「染めおきて」では?と存じます。
お風邪など召さぬようどうぞ御大事にお過し下しませ。
*
うつろふ時をたゞ眺めをり
雑
近づく冬の足音をきく
秋 「近づく冬」で秋 季節の足音なので非人体
時雨るゝ音の夢か現か
秋 時雨は2句物(秋1、冬1)ですが、秋の4句目ととるか、秋の句を3句で止めて冬へ季移りととるか、判断に迷うところです。夢と夢は7句去り。夢うつつは非夜分。
今は昔の文とりてみる
雑 「昔」は1句もの、述懐。文は3句物(恋1、旅1.文学1) 神祇釈教恋無常などは表に避ける(『至宝抄』)とされており、述懐・懐旧・無常は似通ったものなので避けた方が無難。加えて前句に「文机」があります。この句はあずかり、
ほき路辿れば昔思ほゆ
雑 「吉野山ほきぢつたいひにたづね入りて花見し春はひと昔かも」の雰囲気ですが、「昔」がひっかかり、直前の付句と同じ理由で、あずかり。
足あと辿る小径ゆかしも
雑 足で人体
しろじろの朝四方美はしき
雑 時分(朝) 数字 「しろじろ」は「しらじら」に同じ
by 連歌楽歳 (2016-11-10 17:02)
皆様、冬に入り、たしかに寒くなってまいりました。
あたらしい百韻、よろしく御願いいたします。
夢梯さまの
近づく冬の足音をきく
をいただき、拙句案じてみました。
わが庵は水のほとりに鳥を飼ひ 蘭舎
漆黒の羽もつ鳥の降りるとき
すがたよく継がるる炭を眺めつつ
水の辺の宿はひともし頃となり
さはさはと磯わたりゆく松のこゑ
わかきらの声にまじりて庭掃けり
名も知らぬ鳥もまじりて餌を摘めり
夜分・時分、吹物等、なにが障るのか、いまだよく理解できていませんので、数ならべますこと、おゆるしを。
楽歳宗匠、なにとぞ、よろしくご裁断ください。
千草さま、宜しくお願い申し上げます。
蘭舎拝
by 蘭舎 (2016-11-12 03:11)
わが庵は水のほとりに鳥を飼ひ 蘭舎
雑 居所 水は水辺用ですが、水のほとり(水の辺、水の際)となると水辺そのものをさし、水辺体になるのでしょうねえ。鳥類。 「わが庵」の「わが」は「吾」で「君」が恋人などの場合は人倫(わが君のような天皇を指す場合は非人倫)が習わしだった。したがって「吾」も人倫になるはずですが、英語のmyにあたる代名詞の所有格をもって人倫と数えるのも大げさ、という気もします(こうした言い方は、どう判断していいかわからないときの常套的遁辞です)。
また、水辺用の「水」ですが、水無瀬三吟の脇句、
行く水遠く梅にほふ里 肖白
は、どう考えても実態は雪どけ水の流れゆく早春の小川(水辺体)です。水と言ったので水辺用と判別されて来ました。続く第3句は、
河風にひと叢柳春見えて 宗長
の「河」は水辺体。さらに、第4句の、
舟棹す音も著き明け方 宗祇
の「舟」は二条良基の『連歌新式』では水辺用に分類されていました。これだと脇句の水辺用と打越になってまずいですね。都合の良いことに宗祇の高弟・肖柏が『連歌新式』に手を入れた『新式今案』では、「水辺体用外」とされました。水無瀬三吟は1488年の制作、肖柏の今案は1501年にまとめられました。1488年ごろ、連歌師たちの間に、舟が体用外として認識されていたかどうかは、今後の調査をお待ちください。
漆黒の羽もつ鳥の降りるとき
雑 鳥類 「漆黒」はまぎれもない漢音で、連歌にこれが出てくると、jet-black と言ったに等しい衝撃を与えることでしょう。預かります。
すがたよく継がるる炭を眺めつつ
冬 炭は俳諧冬の季語 連歌では炭焼、炭がまなどの使用例があり、冬の季語として使われることもあったようです。
水の辺の宿はひともし頃となり
雑 これもまた「水の辺」となると水辺そのものですから「水辺体」ですか。 宿は2句物(只1、旅1)居所 時分(夕暮れ時)
さはさはと磯わたりゆく松のこゑ
雑 磯は水辺体 松は木類、7句去り
わかきらの声にまじりて庭掃けり
雑 人倫(わかきら) 庭は居所用
名も知らぬ鳥もまじりて餌を摘めり
雑 鳥類 摘むは若草を摘むなどによく使われ、鳥の場合は啄むが多い。啄むで「餌を」の含意があるので、「名も知らぬ鳥もまじりて啄めり」でいかがでしょうか?
*
伊豆の温泉から帰ってきたところです。1カ月前に行ったときは、濃いグリーンだった宿の庭の柑橘の実(以前カットの写真に使いました)が、秋が深まって、いかにもかんきつ類らしい色に変わっていました。伊豆は暖かいせいでしょうか、宿の前の田んぼでは立冬過ぎの稲刈りをしていました。
by 連歌楽歳 (2016-11-13 00:55)
楽歳さま
よいところにお出かけでしたね。小春日、楽しまれたことと存じます。お帰りのあと、さっそくに、ご吟味ありがとうございます。
「水辺」かなりややこしいところ、ご解説ありがとうございます。
「漆黒」、お手つきでした。
「啄む」ありがとうございます。「ついばむ」→「つまむ」としているうちに、うっかり「摘む」としてしまいました。
差し合いについてもですが、連用留めについても、とても気になり用例にも触れてみたいと関心がありながら、そのまま、打ち遣りております。今回の船旅では、そのあたりも学べれば・・・と存じおります。
本日は、やや南の海辺にまいります。わたくしも、柑橘のいろをたのしみましょう。
蘭舎 拝
by 蘭舎 (2016-11-13 01:44)
朝姫様 ようこそおいでなさいませ。
なにとぞ、よろしうお願い申し上げます。
箱根紅葉狩と湯の旅から戻り、
しばらく心は空のまま、
さらに蘭舎様の御付け句の美しさにいずれと決めかねて
日数を重ねてしまいました。
付けが遅れて申し訳ないことでございました。
さはさはと磯わたりゆく松のこゑ 蘭舎
こちらをいただかせてくださいませ。
文机にすすきひともと置かれゐて 路花
近づく冬の足音をきく 夢梯 さはさはと磯わたりゆく松のこゑ 蘭舎
付け
水棹のしづく散らす夕潮 千草
小蟹這ひでるくさぐさの石
泊まりの舟をつなぐ海士の子
沖つ光を運び来る波
楽歳様、遊香様、
よろしくお捌きくださいませ。
千草
by 千草 (2016-11-19 08:59)
水棹のしづく散らす夕潮 千草
夕潮は有明の月のお手付きのような気がしますので
水棹のしづく散らす潮々 千草
のようにいたしたく存じます。
お手数おかけして恐れ入ります。
千草
by 千草 (2016-11-19 09:05)
水棹のしづく散らす潮々 千草
雑 水辺用(水棹)水辺体(潮)
小蟹這ひでるくさぐさの石
雑 蟹は生類でしょうが細かな分類は手持ちの資料にみあたりません。水辺か非水辺かも不明です。石は『連珠合璧集』に地儀(田、土などとともに)
泊まりの舟をつなぐ海士の子
雑 水辺体用外(舟) 水辺用・人倫(海士の子)
沖つ光を運び来る波
雑 水辺体(沖) 水辺用(波)
*
①百韻表における月と時分の距離
第2句の有明の月(夜分)が気になって第6句の夕潮(時分)を潮々に変更された件。1445年の文安月千句の百韻10作の表8句を眺めると、
<発句>月は名をしのはてめくりあふ夜哉
<第5>夕日さす梢もさひしあきのそら
<発句>水草のもなかの秋は月清し
<第4>山本わたる朝風の声
など、あまり気にしていない様子です。『連歌新式』には時分と時分は打越を嫌うとあるのみです。中3句を隔てた夜分と時分はさしさわりないと考えられます。式目上はそういうことですが、さしさわりの感覚は人によって異なりますので、ご希望のように変更いたしました。
以下余談です。
②「わが庵は水のほとりに鳥を飼ひ 蘭舎」は、種明かしをすれば<水のほとり→水辺→水偏→氵>と<鳥→酉>を組み合わせてできる「酒」のことで、「酒しゐならふこの比の月」もどきの 芭蕉庵酔篇句でした。
③ 水無瀬三吟で、
行く水遠く梅にほふ里 肖白 (水辺用)
河風にひと叢柳春見えて 宗長 (水辺体)
舟棹す音も著き明け方 宗祇 (水辺体用外)
について文献にあたりました。二条良基『応安新式』(1372年)では舟は水辺用と分類されていましたが、一条兼良『新式今案』(1448年)で水辺体用外という新しい枠がつくられてそこに移されました。したがって、水無瀬三吟(1488年)の時代、舟の水辺体用外は連歌師たちの共通認識でした。(木藤才蔵『連歌新式の研究』三弥井書店、1999年)。詳しくはいずれ『季語研』の「季語の周辺」で。
by 連歌楽歳 (2016-11-19 16:19)
訂正
水無瀬三吟の水辺にかかわる説明で、「肖白」は「肖柏」の誤り。
by 連歌楽歳 (2016-11-19 20:03)
追加
泊まりの舟をつなぐ海士の子
に関して作者から句中の「泊まり」は「停泊の場所」であると連絡をいただきました。そうであれば、泊まり=湊の意味になり水辺体になります。
雑 水辺体(泊まり) 水辺体用外(舟) 水辺用・人倫(海士の子)
by 連歌楽歳 (2016-11-20 21:02)
おはようございます。
昨日は季語研の例会にて、ありがとうございました。
あらためて、新しい巻の旅、どうぞよろしくお願い申し上げます。
千草様の
水棹のしづく散らす潮々 いただきまして
付け
朝影に岩も小石も輝けり 遊香
ゆく先をつたへず鳥の羽ばたきて
つぶれ石並べて遊ぶ子らの居り
をちかたの島をたづぬる人ありや
楽歳さま、お手直し、よろしくお願いいたします。
by 遊香 (2016-11-21 07:58)
朝影に岩も小石も輝けり 遊香
雑 時分(あさ) 岩・小石(地儀) 「つるぎを照らす月はありあけ」が脇句に既出なので、式目上は何の問題もないが、発想が類似という弱点があります。
ゆく先をつたへず鳥の羽ばたきて
雑 鳥類 参考「谷深み鳴きたつ鳥のひと声に」
つぶれ石並べて遊ぶ子らの居り
雑 地儀(石) 人倫 「つぶれ石」は「つぶら(円)石」の変化。「わが背子がたふさきにする都夫礼石(つぶれいし)の吉野の山に氷魚(ひを)そさがれる」とう万葉集の歌(日本におけるナンセンス歌のはしり)が辞書に載っていました。
をちかたの島をたづぬる人ありや
雑 島は山類体・水辺体とする説や、山類体で水辺にこれを嫌うという説がある。脇句に「つるぎ」があるが、山類なのか武器なのか(作者の意図は武器)見た目では判然としないところがあるので、「つるぎ」から中4句おいての「島」に目くじら立てることもあるまいと判断。セントヘレナ島のナポレオン・ボナパルト、隠岐島の後鳥羽院の面影。
by 連歌楽歳 (2016-11-21 12:47)
つぶれ石並べて遊ぶ子らの居り 遊香
付
学びの家もころもがへする 梢風
明けて涼しきるり色の空 〃
螢の庭になるやこよひも 〃
楽歳様新しい巻よろしくお願い致します。お世話になります。
by 梢風 (2016-11-21 15:51)
学びの家もころもがへする 梢風
夏 ころもがえは宮中行事に発した古くからの季語(初夏)。いまでも学校で児童生徒のころもがえを一斉にやっているのでしょうか。よく知りません。「学びの家」が居所になるのかどうか。よくわかりません。
明けて涼しきるり色の空
夏 涼しは連歌で夏の末の心、俳諧で三夏。瑠璃色の空(天象)が梅雨明けを暗示。天象は空・天の原・天の戸・鳴神・いかづちの類(『連珠合璧集』)。『新式』に去りの規定が明示されていません。光物・聳物・降物が3去りなので、天象も似たような扱いでよろしいかと思います。
螢の庭になるやこよひも
夏 蛍は1句物、夜分。庭は2句物(只1、庭訓など1)、居所用。宵は『連歌新式』に「時分に非ず」、『産衣』に「時分に非ず、夜分に非ず」。そのわけは浅学にして知らず。
by 連歌楽歳 (2016-11-21 16:54)
楽歳様
霜月の雪は驚きでしたね。寒い一日でした。
さて、お待たせしました。
梢風様の
明けて涼しきるり色の空 をいただきまして
付
蛍籠打ち捨てられし侘び住い
大路ゆく網代車の物見窓
橘の葉のこきあをに花の白
宿を立つ僧にもの問ふあるじの手
「涼しき」が連歌では夏の末の心とあり、俳諧で仲夏となる「蛍」「花橘」はあまりよろしくないのかとも思いましたが、教えを乞うためにも一人で悩まず、えいっと皆様の目に晒すこととしました。
よろしくご指導お願い致します。
by 朝姫 (2016-11-24 23:20)